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「親思ふこころに勝る親心」

最近の僕の記事では、ツイッターやフェイスブックのことばかり、まるで現代の情報処理能力向上にはまっているように思われるかも知れませんが、実はその逆なのです。

デジタルからアナログの世界の良さへ、さらに情報処理能力に関しては吉田松陰先生の飛耳長目の世界へ心が惹かれます。

今日のブログタイトルから吉田松陰先生の教えを思い出しました。

ですが、このタイトルの意味はこの連休、久しぶりにゆっくり家にいてしみじみ感じることです。僕には3人の子供がいまして、もうみな大きくなり部活や勉強やゲームやテレビや漫画に励んでいます。

この連休は家族サービスをしようと張り切っていたのですが、家族5人揃って休みの日(というか家にいる日)は、とうとうありませんでした。

末っ子の部活が一番忙しいので彼の休みの日である4.5日に家族の団体行動をと目論んでいたのですが、結局長男が部活、末っ子も従兄弟のうちに泊まりに行くと言って、ばあちゃんと出て行きました。

我が家では、もう子供の予定に合わせて待機することはあまり効率的でないような気がしています。

そんな中、明日友達と遊びに行く予定の娘が、8時ころから真剣な表情で、メールをしたり、勉強したり、おそらく明日は遊びに行くし、宿題がたまって困っているだけなんだと思うのですが、いつもの笑顔が消えると僕はとたんに心配になるんです。特に娘は心配です。学校のこと友達のことうまく楽しくやってたらいいけどと、心配になります。

そんなことを思っていると頭の中に浮かんだのが「親思ふこころに勝る親心 けふの音づれ何ときくらん」吉田松陰先生の辞世の句(実際には留めおかまし大和魂って処刑される前の句が最後だけど)を思い出しました。

僕の場合、まだまだただの親バカで何も分かっていないひよっこ親鳥ですが、自分の子供のことになると本当に急に気持ちが落ち着かなくなり、心配になり、動物的感覚で子供を守ろうとする行動やこの感じは、親という生き物になってから知る感覚です。

江戸時代、まだ藩という単位でしか自分の住んでいる世界観がなかった時代、いち早く日本という単位で国を憂いた松陰先生。と、同時にコミュニティの最小単位である家族を深く愛した吉田家(実家は杉家)。

「親思ふこころに勝る親心 けふの音づれ何ときくらん」この心をまちづくりに深く関係づけていこうとすると今度はトムクルーズの「7月4日に生まれて」みたいに「国民が国を愛するように、国も俺たち国民を愛してほしい」なんて話になって余計ややこしくなる(>_<) ああ、もう寝ますzzz…
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