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吉田紗保里のコーチ、栄和人氏の講義

記念写真
今回は、壁画作業から少し離れて、地域リーダー養成塾での特別講義の報告をします。

テーマ「究極の人材育成~自ら学習し、育つ環境づくり~」吉田紗保里のコーチ、栄和人氏の講義

 記憶が途切れ途切れで申し訳ないですが、忘れる前に(今日が12月6日)覚えていることを記録しておきます。先ず栄先生は高校生のときにレスリング高校チャンピオンになりました。その後、謂わば鳴り物入りで日本体育大学に進学。進学当時は将来学校の先生になることを目標に軽い気持ちで日体大でのレスリング部生活を始めた。1年生のときに先輩の2年生から体育会系の指導を受けるも要領が悪く、よく失敗していた。失敗すると先輩からの理不尽な罰が待っており、素直に応じるものの、レスリングの実力だけはあるので、よく練習時に仕返しをしたらしい。しかし、2年生にはなんとか自分の(高校チャンピオン)力が通じるものの、3年・4年が相手になると、まるで歯が立たなくなり、実力・練習量の違いを思い知らされる。
 3年生くらいのとき(よく覚えてないが…)くらいに鹿児島県代表として国体に出場。通常日本チャンピオン級の選手は国体には出ないが、同じ階級には自分より実力が確実に上で先輩の日本チャンピオンがいた。先輩には勝てないと思いながら決勝で対戦。試合開始早々負傷していた右足を攻められ立て続けにポイントを取られ負けを確信するも、時間が進むにつれ相手が攻めあぐんでいて、息が上がっていることに気づく。ひょっとしたら勝てるかも知れないと思い、がんばり、ついには日本チャンピオンを破って優勝してしまった。その時まで「それなりに」レスリングに取り組んできたが、「本気でやればこんな俺でもオリンピックに行けるかも知れない」と考えるようになり練習に明け暮れる。ここで初めて本気で世界を目指すようになったのです。因みに同席した吉田沙保里選手は13歳の時から世界を目指したそうです。
 その後、全日本チャンピオンにもなり、オリンピック代表は確実と言われていた頃、選考会を目前にして、地元に帰ると、マチを上げての大歓迎で「栄和人君、オリンピック出場おめでとう!」等の大段幕などが用意され、地元の期待の大きさを感じた。決勝戦が近づくにつれ家族や地元の期待に応えようという気持ちが重圧になり、夜な夜な悩まされるようになる。早く決勝戦が終わってほしい。早く終わってくれれば勝ち負けなんかどうでもいい。がんばれば負けてもいいじゃないかと、考えるようになり次第に気持ちが弱くなっていった。結果、決勝戦で実力的に負けるはずのない若手に敗れてしまいオリンピックの夢は費えてしまうのです。対戦後、すぐにはその悔しさに気付かなかったらしいですが、翌日、泥酔するまでお酒を飲んで、家に帰ったとき、これでオリンピック出場を逃したという大きな事実に気付き「どうして、あんな負け方をしたのか」「もう一度試合をさせてくれ」と泣き叫ぶ、その後、3ヶ月間は周囲の心配をよそに完全ひきこもり生活に入り、鬱状態になる。
 ふと実家に電話をしたところ、母がすごく心配していたこと、父が心配のあまり体調を崩したことを知る。そこからまた闘志に火がつき再びレスリングに没頭し、全日本選手権に優勝し、オリンピック出場切符を手にする。
その後、指導者の道を歩むがメダリストではない栄先生に男子の指導者の席はなく、これからが期待される女子の指導者となる。ここで、自分の教え子にも自分と同じ苦悩を与えることになるのです。女子オリンピック代表は51キロ級がなく55キロ級に吸収される仕組みになっていた。当時の51キロ級日本チャンピオンは坂本選手、48級には坂本選手の妹がオリンピックを目指している。55キロ級は人類最強の吉田選手がいる。坂本・吉田どちらも強い選手でともに栄コーチの教え子であったが、選考会は吉田選手が勝利し、オリンピックに出場し金メダル。坂本選手は自分の階級で勝負できなかった悔しさや辛さからか、レスリングをやめてしまい、病院に通い、薬を飲むようになり、51キロ級の体が80キロまで太ってしまったという。栄先生は、本当につらい思いをさせてしまったと感じ、何度も何度も家を訪ね励まし、支えたそうです。その後、坂本選手は自衛隊に入り再び選手として立ち上がります。鬱になる年の前3年間は全日本チャンピオン、鬱になった年をとばして後の3年間もチャンピオンに返り咲いたそうです。
 ここまでの話しの中で、吉田選手はあまり出てきませんが、この二人のどん底まで落ちて這い上がってきた物語がすべてです。二人とも一生懸命だったからこそ、悩み苦しみそしてそこから這い上がることが出来た。人間は弱いものだからそれを支える人たちは本気でサポートしなくちゃいけないという話しでした。
すごく感動した話しだったから、みんなに伝えたいと強く思いましたが、文章にするとなかなか難しいですね。伝わりましたか?
 その後は、和気あいあいと吉田選手の強さや明るさの話しをされました。
最後は塾生と記念撮影を行い、僕は金メダルを持たせてもらいました。吉田選手ありがとう!栄コーチありがとう!

平成22年度全国地域リーダー養成塾特別講義
日時 平成22年12月3日(金)13時30分~
場所 ルポール麹町3階マーブル

栄 和人 至学館大学レスリング部監督・全日本女子レスリングヘッドコーチ

 鹿児島県奄美市出身。昭和51年、鹿児島商工高校でレスリングを始め、日本体育大学に進学、全日本大学選手権で優勝。昭和58年には全日本選手権初優勝、昭和62年に世界選手権銅メダルを獲得し、ソウルオリンピック出場。現在は、至学館大学(元中京女子)レスリング部監督、全日本レスリングヘッドコーチに就任。教え子には、吉田沙保里選手、伊調千春選手、伊調馨選手がおり、オリンピックメダリストを輩出している。


吉田沙保里 アテネ・北京五輪女子レスリング55キロ級金メダリスト

 三重県津市生まれ。父の指導により3歳でレスリングを始め、世界ジュニア選手権、アジア大会、世界選手権、ワールドカップなど、立て続けに優勝。アテネ・北京オリンピックでは金メダルを獲得、ロンドン五輪での連覇を目標としている。最近では、平成22年9月に行われたレスリング世界選手権で優勝し、8連覇の偉業を成し遂げたほか、平成22年11月に行われた広州アジア大会で優勝し、アジア大会3連覇を達成した。
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コメント

一生懸命が伝わってきました

悩んで苦しんだ中で見つけた光は きっと力強く、
行く先を導いてくれるのでしょうね
ワタシは人を支えることができる人になりたいと
思っているけど 実は支えてもらってばっかり 
まだまだですねぇ (・・;

係長さんは 前向きでいつも一生懸命
いろんなことを吸収して成長されていますね

ももさんへ

全然成長できてないですよ(^^;)ホントに恥ずかしいことばかりでトホホな毎日です。
僕自身かなり心の弱い人間なんですが、人ってホントにそんなに強くないんだと思います。吉田コーチの話でもあったように正義感や責任感の強い坂本選手が悩み苦しんだように、真っ直ぐ強く生きている人の方が、案外恐れる物が大きいかも知れない。僕の周りにも苦しんでいる人がいます。僕は心配するだけで何もしてあげることが出来ません。何か出来るほどエライ人間だとも思っていませんが、いつも心配して気にしていることが僕に出来ることかなとも思っています。
まあ、元気を出して行きましょうか!「元気があればなんでも出来る!(^_-)」

あれっ 写真が

入ったんですね?メダルも一緒に…

お返事ありがとうございます

いつも心配して気にしてもらえるって 
とっても嬉しいコトですよね
そうしてもらってるってわかったら きっと
いっぱい元気が出るだろうなぁ…
ワタシは元気エネルギー 最近欠乏気味で
エンストしそうでしたが (--;) おすそ分け
頂き また朝からがんばってみます(*^^*)


エンジンの調子はどうでした?

今日のエンジンはどうでしたか?
ももさんのエンストに掛けて言ってるんですが(^^;)
僕はたまにオートバイに乗るんですが、最近はあまり乗らなくて、乗ろうと思ったときはいつもエンジンがかからなくて余計に乗らなくなっちゃうんですよね。
昔乗ってた単車は単気筒エンジンでキック式だったんですね。だから少し汗をかいてキックすればエンジンはいつでも快調だったんですよね。単純な作りの方がエンジンは調子いいんです!
僕が言いたいのは、今の世の中に合わせていろいろなことが複雑になっちゃうけど、肝心なところ(エンジンや心)は単純な方が調子よく長持ちするんじゃないかな(^_-)

そうなんですね

なんだか ストンと腑に落ちた気がします (^^)/
ごちゃごちゃ考え過ぎてたみたいです
ワタシ、お気楽で単純な人間だったはずなのになぁ(・・;

人生相談して頂いて 恐縮です

でも 係長さんの言葉って いつも不思議に
力があるんですよね

ありがとうございました(*^^*)



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